大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5094号 判決

判   決

第一、当事者

一、原告(一)

東京都千代田区平河町二丁目九番地

後藤助蔵(日本商工振興株式会社破産管財人)

同(二)

同 都港区芝新橋二丁目三〇番地アマカスビル四階

高木右門(同)

二、被告

同 都千代田区丸の内二丁目五番地

株式会社三菱銀行代表者代表取締役

宇佐美洵

訴訟代理人弁護士

毛受信雄

長野潔

第二、主   文

一、被告は、原告両名に対し、金五〇七、六二八、八一〇円及びこれに対する昭和三二年一二月三一日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、被告は訴訟費用を支払え。

三、この判決は仮に執行することができる。

第三、事   実

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却

三、請求原因

1  訴外日本商工振興株式会社(以下、訴外会社)は、昭和二九年七月八日、破産宣告を受け、原告両名は訴外会社の破産管財人に選任された。

2  訴外会社は、別表登記日欄及び発行額欄の通り、七一回に亘つて新株を発行したが、被告銀行三崎町支店は、訴外会社に対し、同表証明日欄及び証明額欄の通り各新株の払込金を保管している旨の証明書を発行した。

3  原告両名は、被告に対し、昭和三二年一二月三〇日、右証明金額の支払を請求した。

よつて、右証明金額中別表請求額欄の金額及びこれに対する右請求日の翌日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、請求の原因に対する認否

認める。

五、抗弁

被告は、訴外会社に対し、別表支払日欄の通り、各払込金の支払をなした。

六、抗弁に対する認否

認める。

七、再抗弁

1  a 訴外会社の前記各新株発行における払込は、別表払込仮装額欄の金額については、会社資金による払込であつて、被告主張の支払は、右払込に対応する支払である。

b 被告は、右の払込が会社資金による払込であることを知りながら、払込金保管証明書を発行した。

詳説すれば、訴外会社は、所謂株主相互金融会社の一であつて、株式を大衆に売出し、その代金によつて、株式となつた者に対し、その額面の数倍の金員を貸付けるか又は融資の必要のない者には年二割前後の利息を支払うという形で株主相互間の金融を図ることを目的とする会社である。従つて、この種の会社は、右の事業目的を達成するためには、自己の自由に処分することのできる株式を大量に保有することが必要となる。そこで、繰返して新株の発行をすることになり、その際、株主名義は会社役員又は従業員とし、払込資金は会社から支出してそれらの者に融資するという形をとることになる。訴外会社もこの例に洩れず、屡々新株を発行し、被告銀行三崎町支店に払込取扱事務を委任した分だけでも、昭和二七年八月三〇日より同二八年九月四日のほぼ一年間に平均三、四日の間隔を置いて九五回に及んでおり、結局各回一〇〇〇万円二〇万株合計九億五〇〇〇万円一九〇〇万株の新株を右に述べた形で発行しているのである。従つて、本件各新株発行における払込は、凡て訴外会社の資金によるものであり、被告銀行は勿論そのことを承知した上で払込事務を取扱い、保管証明書を発行し且つ支払をなしたものである。

2  (予備的主張)訴外会社の新株発行中、別表4、7、36、40、43、45、50―55、57、59―61、66―71の計二二回については、被告は、訴外会社に対して、各登記日前に払込金の支払をしている。又、他の一回(登記日昭和二八年八月三一日、発行額一〇〇〇万円、証明日同月二九日、証明額一〇〇〇万円)についても同様である。従つて、右支払は訴外会社に対抗できないものであるから、原告両名は、被告に対して、証明金額合計二億三〇〇〇万円の支払を請求する。

八、再抗弁に対する認否

1  再抗弁1を認める。

しかし、会社資金による払込及びこれに対する支払はいずれも有効であるから、再抗弁1の主張は主張自体理由がない。

2  再抗弁2を認める。

しかし、登記日前の支払であつても、払込期日後になされたものは、会社に対抗できるものと解すべきであるから、単に登記日前の支払であるとの理由によつて会社に対抗できないとする主張は主張自体が理由ない。なお、被告の訴外会社に対する支払は、凡て払込期日後になされている。

第四、証拠≪省略≫

第五、理    由

一、請求原因及び抗弁については当事者間に争いがない。

二、再抗弁1については、主張自体理由があるか否かについて当事者間に争いがあるので、この点についての当裁判所の見解を示す。

1 まづ、新株発行会社自身の資金による払込、即ち、会社が名義的な株式引受人に対し払込資金として会社の資金を消費貸借その他の方法により融資し、形式的には株式引受人が自己の金員を払込むという形をとるが、実質的には会社が会社の資金を払込むことになるような払込は、実質的に会社資本の充実をもたらさず、従つて一種の払込仮装であると解すべきである。

資本充実の要請は、会社法上の基本的原則の一であり、右原則に基いて、商法一八九条二項は、預合を会社に対抗できないものとし、又判例、学説の多くは、第三者より借入れた金員即ち所謂見せ金による払込を無効としている。預合も見せ金も、形式的には払込手続は履行されている。しかしながら、前者は会社が銀行より借入れた金員を弁済しない限り払込金の支払を受けられない点において、後者は借入れ先の第三者に直ちに払込金が弁済されてしまう点において、どちらの場合も会社としては払込前に有した資産以上のものを払込後において得ることが全くない。従つて、これらは資本充実の原則に反するところからいづれも払込仮装とされているのである。

会社自身の資金による払込も、結局において、右の両者と異るところはない。形式的な払込資金が銀行から出たか、第三者から出たか会社自身から出たかだけの違いがあるだけで、株式申込人自身からは全然実質的な払込金が出ていない点において全く同様である。即ち、この場合にも、形式的には払込手続は履行されている。しかしながら、実質的な計算関係においては会社が払込金を自ら支払つて自ら受取るに過ぎないのであるから、払込後において払込前の資産以上のものを得ることは全くない。しかも、預合の場合は条件附にせよ資産が増加し、見せ金の場合は一時的にせよ資産が増加するのに比べれば、会社資金による払込の場合はいかなる意味においても資産が増加しないのであるから、より一層資本充実の原則に反するものと言うことができよう。」

尤も、会社資金による払込の場合、法律的には、多くの場合、会社は払込資金を融資した株式引受人に対して払込金相当額の金銭債権を有する結果になる。即ち、例えば、資本金一〇〇〇万円、資産現金一〇〇〇万円の会社が、会社資金による払込の方法によつて一〇〇〇万円の新株を発行した場合、その結果は資本金二〇〇〇万円、資産現金一〇〇万円及び名義上の株式引受人に対する金額債権一〇〇〇万円となる訳である。そして、更にこの手続を順次繰返して行けば、現金は全く増加することはないのに拘らず資本金と名義上の株式引受人に対する債権は無限に増加して行くことになるのである。この関係は、見せ金による払込によつてなされる新株発行の場合も全く同様である。しかし、このような金銭債権は、会社資金又は見せ金による払込という一連の払込仮装手続を行う上において法律上の形式を整える必要から名義上の株式引受人をつくつたために偶々発生したものであつて、全然弁済を予定されていないものであり、又例外的に弁済の可能性がある場合であつても新株発行当時は決して現金化されていないものである。そして、払込の結果、このような債権がいくら増加しても、新株発行当時に現金が増加しない以上、会社資本の充実とは程遠く、その払込は仮装のもので無効であると言わなければならないのである。

(なお、会社資金による払込である以上、それが払込取払銀行に預金してあつたものか会社の金庫から持つてきたものか、又前者である場合被告主張のようにその預金を一旦払戻として払込んだのか、或は原告主張のようにそのまま振替手続によつて払込金としたものであるかは何等の差異を生ずるものではない。従つて、本件新株発行中会社が例外的に被告銀行への預金でなく現金で払込んだ分も、それが会社資金によるものである限り、仮装のものと言うべきである。ただ原告主張のような振替手続をとつた場合には、その事実は銀行がその払込が会社資金によるものであることを知つていたことの証拠となり得るというに過ぎない。)

2 以上に述べたところから明らかなように、払込が会社資金又は見せ金によつてなされた仮装のものであるときは、払込取扱銀行による会社に対する払込金の支払は、仮装の払込手続中の一環としてなされた全く形式的なものに過ぎず、結局それによつて会社に対して証明金額の現金を与えることにはならない。しかるに、会社と取引関係に立つべき第三者は、銀行発行の払込金保管証明書(もしくは右証明書に基く新株発行の登記)が存在する以上、これを信頼して払込によつて証明金額だけ会社資産が増加したものと信ずるのが当然であり、証明書の発行があるのに資本の充実がないときは取引の結果不測の損害を蒙るおそれがある。商法一八九条一項が銀行に対して右証明書の発行を義務づけた趣旨もこれによつて、会社をして対外的に資本の充実を明示することができるようにしたものに外ならない。従つて、右証明書を発行した銀行としては、これに対する第三者の信頼を保護し会社資本の充実を図るため、会社に対して証明金額だけ会社資産が増加するような実質的且つ有効な払込金の支払をなすべき義務があり、前記のような払込仮装の際の形式的な支払をもつては免責されないものと解すべきである。

しかしながら、銀行がその払込が会社資金又は見せ金によるものであることを知らなかつた場合は、銀行としては払込仮装をなした会社によつて単に利用されたに過ぎない訳であるから、たとえ右証明書を発行していても、それだけで銀行に対して実質的支払をなすべき義務を課すことは酷に過ぎると言わねばならない。従つて、右証明書を発行した銀行は、発行の際、その払込が会社資金又は見せ金によるものであることを知つていたときに限り、会社に対して実質的支払をなすべき義務を負うものと解するのが妥当である。実際上、銀行が当該払込が会社資金によるものであつて、それによつては何等会社財産が増加しないことを知りながら、なお、払込金保管証明書を発行したのであれば、それにより形式的支払以上の実質的支払を強いられてもやむを得ないというべきである。そして、このように銀行の責任を解することは、右のような形における払込仮装を防止して資本の充実をもたらすことになるのであるから、払込仮装の一手段としての預合を防止して資本充実の原則を実現しよとうする商法一八九条二項の法意にかなうものというべきであろう。

(なお、銀行に右の責任を負わせるには、払込仮装について悪意であるのみでなく、これについて会社と通謀していることを要するとする立場も考えられるが、第三者保護及び資本充実の要請を重視し、悪意をもつて足りると解すベきである。又、右の悪意の点の立証責任は会社側にあるものとするのが公平に合致するものと考える。)

三、再抗弁1については、右に述べたように、主張自体理由があり、且つその構成要件事実については当事者間に争いがないのであるから、原告の請求は理由があることになる。従つて、予備的主張である再抗弁については判断する必要がない。

四、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行宣言について同法一九六条適用。

昭和三八年一〇月三一日言渡

東京地方裁判所民事第八部

裁判長判事 伊 東 秀 郎

判事 武 藤 春 光

判事補 宍 戸 達 徳

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!